1945年の夏に想いを馳せて
今回はタイトルに「夏」という言葉のある本を選びました。
日本の夏は、平和に思いを馳せる季節。戦争をテーマに取り上げた、小手鞠るいさんの『ある晴れた夏の朝』という本を紹介します。
戦争をテーマに取り上げた本ですが、これまでに出会った「戦争もの」の児童文学をイメージしていると、いい意味で裏切られてしまうのではないかと思います。
生の高校生の声
ある夏、アメリカの8人の高校生たちが、1945年8月に日本に落とされた原爆の是非について、ディベートを行います。主人公のメイは、日本人の母と、アメリカ人の父を持つ15歳の女の子です。夏休み、先輩から討論会への参加を誘われたことで、メイの特別なひと夏が始まります。
アメリカが行った原爆投下は正義だったのか、悪だったのか。毎週土曜日、計4回にわたる討論会を追いかける形で話が進んでいくのですが、アメリカの高校生という共通点をのぞき、ルーツはアイルランド系、中国系、アフリカ系、ユダヤ系と、さまざまな背景を持っている8人。討論を通して、それぞれがそれぞれの立場で戦争や原爆投下をどう捉えているかが描かれています。
ディベートを通して描かれる視点の多様さ
ディベートでは同じ立場であっても、バックグラウンドによって思いが異なることもあります。討論会が進むにつれて、原爆の是非だけではなく、人種差別や歴史上の大きな出来事に触れられることがあり、生まれ育ってきた背景による感じ方の差も考えさせられました。
歴史の勉強で誰しもが触れてきたであろう太平洋戦争について、こんなにも多様な視点があったのかと驚きますが、一人ひとりの選ぶ言葉がまっすぐで、どちらの立場であっても平和を愛する気持ちが前提であることが伝わってきます。
ディベートの進め方に注目
内容と共にこの本で注目してほしいのが、ディベートの進め方です。日本の学校ではまだまだこのようなディベートの機会は少ないように思いますので、この本を読んだ子どもたちがそのようなところからも刺激を感じてくれたら嬉しいです。
他者と違う視点で意見を交わしあうのは、物事をより深く理解するために必要なことですが、そのためには語れるだけの知識や情報収集があってこそ。相手の意見を受けてどんなことを話すかその場で決められるように、プランをいくつも考えておくというのも、綿密な事前準備なしにはできないことです。
多角的な視点を持つことの大切さ
また、物事には常に複数の見方が存在します。二度と繰り返してはいけない「過ち」とされる原爆でさえ、賛否が分かれるのです。多角的な視点を持つことが大切ということも、この本から感じ取ってほしいことの一つです。
自分だったらどの意見に賛成かな、どう伝えたら伝わるかな、と目線を色々と変えながら読んでみてほしいです。
「違う」ということを受け入れること
気の合う仲間といることは楽しく、自分の主張を肯定してもらえる場は居心地が良いと思います。ツイッターやインスタなどのSNSは、情報収集のツールとして使われることがありますが、自分で入ってくる情報をコントロールできるのでとても便利です。
しかし、そればかりになってしまうと意見、信条を異にする人と話をしたり、時には自分と反対の意見に耳を傾けたりすることから得られる学びの大きさになかなか気づくことができません。
“感じ方や性格や好みや主義主張、人種、民族、宗教などをふくめて、人と人は異なっている。異なっているからこそ、人間というのはおもしろいのだし、わたしたちはその差異を受け入れ、異文化を学び、成長していかなくてはならない。”
メイが学校の先生から教わったこととして、序盤に出てくる言葉なのですが、生徒たちが繰り広げる討論会を通じ、最後まで読むことでこの言葉の意味をじっくりと感じてほしいと思います。
過去を知り、平和を考える
終戦から77年が経過し、戦争を語る方々に出会うことも少なくなってきました。しかし、その事実は無かったことにはならず、風化させてはならない記憶です。
唯一の被爆国と言われる日本の目線で書かれた戦争の本は多くありますが、敢えてアメリカで生活する高校生たちに戦争を語らせるというのは、様々な人種の人たちが共に暮らす異民族国家、アメリカの地で書き続けている小手鞠るいさんならではの1冊です。
小手鞠さんは他にも戦争をテーマにした本を何冊も書かれていて、どの本にも平和を切に願う気持ちが溢れています。現在も遠くない国々で悲しい争いが起こっています。本を通して、これからの平和を考えるきっかけになればと思います。