「貧困」というリアル――安田夏菜『むこう岸』(講談社)

最難関校の入試問題、テーマは「貧困」

今回取り上げるのは、2020年の灘中学の入試問題で使われた安田夏菜さんの『むこう岸』です。

“中学生の前に立ちはだかる「貧困」というリアルに、彼ら自身が解決のために動けることはないのだろうか。”

テーマは貧困、経済格差。児童向けの本でありながら重めのテーマに真正面から向き合った作品です。

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「7人に1人は貧困家庭」と言われる日本

現在の日本で、7人に1人は貧困家庭と言われています。

日本での「貧困」は相対的貧困と言われるもので、その国や地域の水準の中で比較して、大多数よりも貧しい状態のことを言います。

周囲からすると貧困状況にあるように見えないため、結果的に支援の手が行き届かず、子どもの進学断念や将来的な貧困の連鎖につながってしまうという現状があります。

これを一つの社会問題として「知っている」というのと、そのことについて想像力を働かせることは違いますが、子どもたちにはまず「知る」という機会が必要です。普段の生活の中で、生活保護という言葉を耳にする機会は多くないかもしれませんが、こちらは読ませるストーリーの上に、生活保護制度や福祉の仕組みについての説明が乗せられており、読みやすく感じると思います。

 

2者の目線で物事を見る

この物語には主人公が二人います。

勉強だけが得意で有名な難関校に進学したものの、挫折を味わい公立中に通う男の子、和馬。もう一人の樹希(いつき)は小学生のときに父親を亡くし、生活保護を受けながら母と妹と暮らす女の子。

偶然にも関わることになった二人は、「住む世界」が違う、とお互いに反発しあいます。和馬は、樹希のことを「生活レベルが低い人」と苦手意識を持ち、そんな和馬のことを「恵まれた家で育ってきたくせに」と、なかなか二人の距離は縮まりません。

章を追うごとに2人が悩みながらも歩み寄っていく

目次には、主人公2人の名前が、その章のテーマを表した言葉と共に交互に並び、悩みながらも歩み寄っていく様が1章ごとに書かれています。

こういった構成の本を初めて読むと、同じ出来事であっても、2者のそれぞれの目線で見るとこうも違って感じるのか、という新鮮な気づきがあると思います。

本を通して、バックグラウンドや価値観によって考え方の違いが生じること、どちらが正しいとか間違っているとかではなく、相手の言葉に耳を傾けることの大切さを感じてほしいです。

 

本を通して社会問題を考える

この本は、貧困ジャーナリズム大賞2019特別賞の受賞作品でもあります。フィクションでありながら、ジャーナリズム大賞をという賞を取っているところに、この問題の伝えにくさを感じます。

実際の貧困の現状は、物語のように救いがあるものばかりではないと思うけれど、小学生にその世界をいきなり投げても受け止めきれないでしょう。自分が見てこなかった知らない世界があることを知ることから始めてほしいと思います。

子どもたちは、今、自分がいる世界がすべてという小さな世界で過ごしています。これから世界が広がって、向き合う相手と自分との「違い」に気づいたときに、相手を少しでも理解したいと思う気持ちを持てるようになってほしいなと思います。

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今年の開成中の出典 『おいしくて泣くとき』

最後に「貧困」を扱った本をもう1冊紹介します。

児童書の扱いではないのですが、今年度の開成中で扱われた森沢明夫さんの『おいしくて泣くとき』という、中学3年生が主人公の青春物語です。

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主人公は町中の大衆食堂の男の子で、入試問題ではその食堂が貧困家庭の子どもに無料で「子ども飯」を提供する「子ども食堂」として開かれている場面が扱われます。ただ、切り取られた部分には「子ども食堂」の文字はなく、その存在を知っていたかどうかでも読んだときの感触が分かれたのではないでしょうか。

「人の幸せってのは、学歴や収入で決まるんじゃなくて、むしろ『自分の意思で判断しながら生きているかどうか』に左右されるんだって」

文中に出てくるこの言葉を、入学試験を受ける子どもたちに読ませる開成中。勉強、成績至上主義になってしまって、本当に伝えるべきことを忘れていないかな、と考えさせられます。

苦しいシーンもありますが、最後は仕掛けられた伏線の回収が心地よく、読後感は保証します。ぜひ親子で手に取ってみてくださいね。

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