雪の季節にしずかなお話を
冬本番、寒さの厳しい日が続いていますね。今回紹介する本は、冬の景色が美しい長野の山村が舞台です。信州の村に住む満希と、都会から山村留学生としてやってきた行人との、小学5年生から高校卒業までの物語。都会にはない時間が流れ、きれいな情景が浮かびます。
主な登場人物はこの二人だけで、田舎の小さな小、中学校でたった二人だけの同級生として過ごした日々、町の高校で別々のクラスで過ごした日々が綴られます。特別に大きな事件が起こらずとも、巻き戻しのできないかけがえのない時間を思い出させてくれるのではと思います。
2人だけの同級生
行人は山村留学生として満希のたった一人の同級生となり、高校生までをこの村で過ごすわけですが、訪れた当初は山村留学制度の決まり通り、2年の期限が過ぎたら元の戻っていくと思われていました。
優等生で性格も穏やかな行人は、新しい土地や学校での生活にすぐに馴染んでいきます。しかし、行人が来たばかりのころの満希は、4年生の時に山村留学生だった友人と心のすれ違いがあったことで、傷つき臆病になっていました。山村留学生はどれだけ仲良くなったとしても、結局いなくなってしまう「お客さん」 だからと、必要以上に行人と仲良くなろうとしません。
そんなある日、学校からの帰り道に雪で見えなくなった用水路へ落ちそうになった行人を助けたことで、二人の関係が動きはじめます。
細やかなしぐさや情景の描写を味わって
物語は高校卒業の日の1日前から始まり、12に連なる章立ての中、小学5年生から高校3年生までの時間を行ったり来たりしながら進んでいきます。そのひとつひとつの物語がつながって今の2人があるわけですが、どの物語も今の関係を作り上げる大切な要素になっていて、まるで映画のワンシーンを見ているように情景や主人公たちのしぐさが目に浮かびます。
そして、心情表現が直接的ではないので(だからこそ中学入試の問題として使われることが多いのでしょうね)、読みながらじわーっと染みてくるような感じがします。時系列がバラバラであっても、登場人物が少ないためか読みにくさはありません。
大切に思うからこそ言葉が出ない関係性
卒業式の前日、2人の思い出の場所である母校の中学の図書館にて、行人は都会の学校を退学して山村留学を選んだ理由を初めて語ります。静かな図書館という場所で、別れを前に交わされる言葉。別れというと悲しいイメージがありますが、互いにこれまで心にあった思いを言葉で綴るシーンに悲しさはありません。
行人が昔の話を打ち明けてくれた時の満希の心の中のつぶやきです。大事な人を前にして言葉が出なくなってしまう、というのも相手を大切に思うからこそです。関係に名前をつけたがったり、独占欲や恋愛感情を持ったりするようなべったりとした関係ではなく、ただただずっと近くにいる相手を大切にする二人。
学生生活でのたくさんの出会いの中で、この2人のように相手のことを分かってあげたい、なんとか助けになりたいと思うような人ができるのは幸せなことだなと感じます。
中学入試頻出の「ちゅうでん児童文学賞」受賞作
「ちゅうでん児童文学賞」という賞をご存じでしょうか。
全国からの公募で選ばれた、子どもたちの人間性や感受性を高める児童文学賞で、大賞が単行本として出版されています。『みつきの雪』は2018年度の大賞受賞作品なのですが、ここ数年の大賞受賞作は中学入試で扱われることもあり、個人的にも注目しています。
「ちゅうでん児童文学賞」受賞作の出題例
今回紹介した『みつきの雪』は学習院女子や吉祥女子の入試で出題された他、四谷大塚の模試等でも扱われています。
4年前の受賞作品である、森埜こみちさんの『わたしの空と五・七・五』は、鷗友学園で入試問題の冊子10ページ分に及ぶ場面が取り上げられましたし、2021年度大賞受賞作の葉山エミさん『ベランダに手をふって』は、首都圏の学校だけでも青山学院や晃華学園、実践学園で出題がありました。
▼森埜こみちさんの『わたしの空と五・七・五』は以前こちらの記事で取り上げています。
第23回大賞:浅野竜『シャンシャン、夏だより』
直近では浅野竜さんの『シャンシャン、夏だより』という作品が大賞を受賞し(2020年度)、出版されました。
友情・成長が大きなテーマでありながら、農業にかける農家の想いや環境問題にも触れられるという、テーマ盛りだくさんの本です。
児童文学賞は他にも数多くありますので、このように受賞作を遡って本選びをしてみるのも楽しいかもしれませんね。普段では選ばないようなジャンル本に出会うきっかけになればと思います。