フレッシュな書き手のデビュー作
新年度が始まり、さわやかな風が気持ちのよい季節になりました。新学年、新入生、など新しいという言葉が増える時期でもあります。
人気作家が数多くデビューする「ポプラ社小説新人賞」
13回目を迎えるポプラ社小説新人賞は、前身のポプラ社小説大賞を含めると、中学受験の出典本の作者である伊吹有喜さんや、寺地はるなさんをはじめとする人気作家の方々が数多くデビューしている賞です。
編集部の方々が一人の読者として純粋に面白いと思い、一人の編集者として作り上げるところまで伴走したいと思える作品が選ばれるとのこと。私も実際に初めて読んだときは、どうやって話が展開していくのだろうとわくわくしながらページをめくりました。ぜひ新しい作家さんとの出会いを楽しんでください。
「普通」「多様性」を考えるきっかけに
小学5年生の晶(あき)と高校生の達(とおる)二人の仲のいい兄弟の物語で、一貫して晶の目線で話が進んでいきます。達は高校に行っておらず、毎日家で過ごしているのですが、そのことが読者にはっきりと知らされるまでにも、晶の日常が淡々とつづられます。家から学校まで走りながら朝のにおいを感じたり、駄菓子屋さんで買うお菓子についてあれやこれやと悩んだり、細やかな描写のおかげで、リアルな小学5年生の生活に一気に入り込むことができます。
世間でいう「普通」とは違う存在
弟の晶にとって、兄の達は、自分の知らないことをたくさん知っていて、絵が上手で、部屋に行けばなんでも教えてくれる尊敬できる存在です。でも、世間からみると達は「普通」とちょっと違うところがあるようで……集中しすぎると走り出したい衝動が抑えられなくなってしまったり、周りがみえなくなってしまったり。
達は、晶となら自然と話すことができるのに、母をはじめ、周りの人々とうまくコミュニケーションが取れずにいました。あくまでも晶の目線で語られるので、達がどんな気持ちでいるのかは書かれていないのですが、だからこそよけいに達の抱える思いについても考えさせられます。
多様性が大事、とはよく言われますが、実際に日常の中にある自分と異なる価値観をどれだけフラットな目線で見ることができているでしょうか。自分と異なる価値観に出会ったときにどうやって向こう側から見たらいいのか、同じ年代の晶の目線を通して、考えるきっかけをもらって欲しいと思います。
「大変だね」という言葉について考える
小学校であった合唱会のイベントを経て、晶の友人たちが家に遊びにくるシーンがあります。達は話しかけられてもうまくコミュニケーションを取ることができず、それを見た友人たちは、晶に「大変だね」と声をかけます。
翌日の学校でも、友人の一人の権ちゃんは、お兄さんは大丈夫なのかと心配していると話しかけ、達がコミュニケーション下手なことに対して「かわいそう」という言葉をぶつけます。心配そうな顔をしながら発せられた権ちゃんの「大変だね」という言葉は、同情の気持ちから出たものであり、それを受けた晶は「ムカついて」「イラついて」もやもやした気持ちを抱えてしまいます。
複雑で捉えにくい「同情」という心情
同情という心情は、複雑で捉えにくいものです。同情の気持ちから出るこの「大変だね」という言葉を、小学生がこちらの本を読む際にちょっと立ち止まって考えてほしい言葉として掘り下げてみました。
国語辞典でひいてみるとこのように載っています。例えば、何か良くない状況を見て、「相手の気持ちになって」かわいそうだと感情を動かすことは自然なことですし、思いやること自体が悪い感情ではありません。
晶に向けての「大変だね」という言葉も、「同情」と同じ空気をまとった言葉です。子供たちにはこういった自らが抱えたことのない心情に、できれば本を読み進める中で自然と出会って欲しいなと思います。
GWに親子で読む一冊に
本作には、一貫して達を思う晶の温かな気持ちが流れています。
達を大好きなのに「普通」になってほしいと思ってしまう自分との葛藤、友人に達のことを言われ、誰もが同じことを同じようにできるわけじゃないと言いかえしたくなる気持ち、家族仲良く暮らしたいと願う切ない気持ち、晶の心の成長物語としても読後感よく読める物語です。GWに親子で読んで、感想を話しあってみてはいかがでしょうか。