現代社会の問題に本を通して出会う
今回ご紹介する『ななみの海』は、中学受験の入試問題や模試の素材文でありながら、現代社会における課題を投げかける物語です。子どもたちを取り巻く社会をリアルに描写し、深く掘り下げたテーマとなっています。
児童養護施設を舞台に
この本の主な舞台は主人公が暮らす児童養護施設です。子どもたちが、自分とは異なる家庭環境を見て、「自分には関係のない世界」と思ってしまう原因は、その子が育ってきた家庭が持っている価値観にあると思います。
巻末の大量の参考文献を見てもわかるように、各方面へとても丁寧に取材をされていて、フィクションでありながらも、主人公のリアルな生活が目に浮かびます。入試問題に使われた本だから、と子どもに読ませるのではなく、まずは大人が読んで色々なことを知ってほしいと思い紹介しました。
「いい大人になりたい」
『ななみの海』の主人公は中学1年生のときから児童養護施設で暮らしている女子高生のななみです。通う高校は進学校で、将来医師になりたいという夢を持ち、懸命にアルバイトをしながらも成績も優秀。ダンス部に所属し、同級生の友人に恵まれて過ごしています。
将来への不安、友人たちとの違い、将来への眼差し
「施設の子」ではなく「家の子」である高校の友人たちのことを羨ましく思いつつも、自分の置かれている現実を受け入れているななみは、大人からみると切なくなるほどに冷静で、それを態度に出すことはありません。
将来への不安、周りの友人たちとの違いに悩みながらも充実した高校生活を送る中、施設にいる年下の子どもたちへ勉強を教えていくうちに、彼らの成長に喜びを感じるようになります。「いい大人」に囲まれた子どもは幸せになる、それなら自分も「いい大人になりたい」という思いが、教育大学への進学を希望するきっかけの一つになったのです。
「どんな大人がそばにいるか」が子供たちを変えてゆく
進路を決めたななみが友人に想いを吐露した場面でのセリフです。ななみが、年下の子どもたちの言動や様子の変化を見て「どんな大人がそばにいるか、彼らがどう振る舞うか、その影響が子どもたちを変えてゆく」 と感じるシーンもあります。読み進めるごとに、「いい大人とはなんだろう」「いい大人になりたい」心からそういう思いが湧いてくるのではないかと思います。
本を通して世の中を知る
様々な大人の事情で施設に送られる子どもたちの中で、18歳になったとたんに施設の保護の対象ではなくなり、手を差し伸べてもらえない子どもが多くいるといいます。
施設から出ることを余儀なくされる不安を抱えたままの学校生活はどんなに不安なことでしょう。子どもたちに対して「希望を持ってほしい」と簡単に言うことはできるけれど、希望よりもあきらめることを優先してしまう子どもたちがいるのです。
小学生の子供にも知っておいてほしいと思う世界と、まだ知らなくてもいいかなぁと思う世界、その線引きは明確なものではなくご家庭の考えがそれぞれあると思います。日々報道されるニュースの中には、知らなくても済むのだったら一生知らずに過ごしてほしいようなやるせない気持ちになる出来事もあるでしょう。
「登場人物たちを取り巻く世界を知ってほしい」
本の中では、ななみの目線を中心に、施設の他の子どもたちの様子や施設に来るまでの背景についても書きこまれています。まだ自ら知ることのない世界が多い子どもたちに、本を通して今まで知ることのなかった世界に触れてほしいと思います。
朝比奈さんも、インタビューにおいて中学受験で本が取り上げられたことについて、「問題文としてこの本に出会う子どもたちに、登場人物たちを取り巻く世界を知ってほしい」と話しています。中学受験ができる、というのも恵まれた環境ありきのこと。この本が親子での気づきのきっかけになってくれることを望みます。