1つの中学校を舞台に、異なる主人公で展開される7つのエピソード
今回紹介する『きみの話を聞かせてくれよ』は、読み終わったあとにふわっと心が軽くなる短編連作集です。
1つの中学校を舞台にした、それぞれ主人公が異なる7つのエピソードが並びます。
15人もの登場人物がいる短編連作集
大人気のイラストレーター、カシワイさんの描いた爽やかな表紙は、本編の中にも出てくる中学校の屋上でのシーンです。
目次の後には登場人物のイラスト紹介がずらりと並ぶのですが、その数なんと15人。フルネームとクラス、所属している部活が書かれているので、新しい登場人物が出てくるごとに行ったり来たりしつつ、人間関係が広がっていくことを楽しみながら読めると思います。
プロローグに登場する「くろノラ」というネコのイラストにも注目してみてください。最後まで読むと、ところどころにでてきたくろノラの話はそういうことだったのか、といろいろつながるような仕掛けになっています。
章が進むごとに少しずつ人間関係が変わっていくのを感じながら、ぜひ順番通りに読んでみてください。
それぞれに悩みを抱える中学生たち
昨今、多様性を認めようという考え方が広がるにつれて、「人それぞれ」という言葉が良しとされるようになってきました。
でも、子どもたちが生活の大部分を過ごす学校は、みんな仲良く、他者と力を合わせて、など人と関わり、集団生活を送る場所とされています。気の合う人も合わない人もいて当然なのですが、大人のように、人との付き合い方、つながり方を自由に選ぶことは難しく、仲良しの友だちと毎日楽しく過ごしている子ばかりではありません。
近かったはずの友人の気持ちが見えないと感じる中学生
1話目のお話は、仲良しだった友人とちょっとしたことで仲違いをしてしまい、毎日同じ学校に通い、同じクラスで過ごしているのに、心が遠くなってしまったと感じている中学2年生の女の子が主人公。「おたがいにわかりあえないんだってことが、わかってしまった」と感じた瞬間から半年以上が経ってしまいました。近かったはずの友人の気持ちが見えなくて……と悩みつつも、仲直りのきっかけもなく寂しい思いを抱えています。
自分の気持ちを蔑ろにされていると感じる中学生
2話目の主人公は、ケーキ作りが趣味の中学1年生の男の子です。男子にしては小柄で、中性的な見た目をしていることもあり、クラスの女子たちから「かわいい!」「スイーツ男子」と好き勝手にいじられてしまいます。勝手に話題にあげられ、自分の気持ちをないがしろにされることにうんざりしながらも、クラスメートたちに嫌だと伝えられず、愛想笑いをしてやり過ごす日々をおくっています。
悩む心に寄り添う存在
どの話の悩みも、大人の目線でみれば中学生あるあるだよねという内容ではありますが、それぞれの主人公の目線での心の描写が丁寧なので大人が読んでも思わず感情移入してしまいます。
中学生ならではのストレートな気持ちのぶつかり合い
悩みや悲しみというものは、自分自身が向き合い、折り合いをつけてこそすっきりとするもの。他人がその重さや辛さを決めて慰めたとしてもなかなか解決にはつながりません。中学生ならではのストレートな気持ちのぶつかり合いにドキッとしながら、頑張れ!と応援したくなります。
そしてそんな悩む心に寄り添うように必ず各話に登場するのが、黒野くんという2年生の男の子です。ノラ猫のような不思議な雰囲気の黒野くんですが、解決への道筋をびしっと示したり、こうすべきだとアドバイスをしたりするわけではありません。
いつのまにか現れ、傍で話を引き出してくれたり、時にはちょっと強引に人と引き合わせたり、、彼の言動によってスルスルっと色々な絡まりがほどけていく流れは、読んでいても心地よく、心が温かくなります。
「きみの話を聞かせて」
7つのお話の最後の主人公は、保健室の先生です。黒野君がどうしてこんなふうに色々な人と繋がっているのかということや、ところどころに出てきていたネコの「くろノラ」についても種明かしがされていきます。みんなの悩みをそっと引き出し、「きみの話を聞かせて」と寄り添う黒野君にも、かつて話を聞いてもらっていた相手がいたようです。
言葉によって救われる、言葉を受け止めてもらって気付かされる
言葉によって傷つくことも多いけれど、言葉によって救われることはもっと多いように思います。そして言葉をもらうのではなく、自分が放つ言葉を受け止めてもらえることによっての気づきもあります。
題名にもある「きみの話を聞かせて」という言葉。わかったようなことをわかったような顔でアドバイスされるよりも、ただただ聞いてくれる誰かがいるということは幸せなことなのかもしれません。
この本に出会って、心が楽になる子どもたちが一人でも多くいるといいなと思います。