入試問題を通して受け取る「フィクションの楽しみ方」

入試問題は素敵な作品の宝庫

9月、中学受験をする6年生にとっては、過去問シーズンのはじまりです。

中学入試の問題は、中学校の先生方がその年の受験生に向けて投げかけるメッセージでもあり、入学する前に受けることのできる0時間目の授業と言われることさえあります。

国語の入試問題は「学校からの手紙」

特に国語は、どの書き手の、どの作品を扱うかという出典はもちろん、その文章を素材にどのようなことを問うか、どのように答えさせるかに至るところまで、学校の校風や、問題を作った先生方の思いが表れているものになっていると感じます。

合格するために点数を取らなければという気持ちばかりで取り組むのではなく、学校ごとの色を感じながら、手紙を受け取るような気持ちで向き合ってみるとよいかもしれません。 長年、中学受験の国語の指導をしていると、何年経っても覚えているような強く印象に残る問題に出会います。今回はそんな問題の中から、大人も子どもも楽しめる小説を一つ紹介します。

2017年麻布中が出題した吉野万理子「おれ害獣」

2017年の麻布中で取り上げられたのが、吉野万理子さんの『ロバのサイン会』の中の「おれ害獣」です。

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麻布中の国語の問題形式は特徴的で、長年に渡り、物語文1つを題材にしてそれについて10問ほどの問いの多くを記述問題で書かせるというものです。

主人公は人間ではなくシカの「おれ」

中学入試問題で物語的文章というと、やはり多いのが同年代の心情を扱ったものです。ところが、入試問題の冒頭にあるリード文に「野生のシカの「おれ」(「サンカク」)」という言葉があり、シカが登場人物の話だということがわかります。

最近は受験生本人と境遇や生きる時代が異なるような文章も増えてきていますが、動物が主人公というものはなかなか見ることがありません。

主人公は山で育ったシカ、サンカク。一人称で自分のことを「おれ」と呼び、幼馴染の「マル」や「アニキ」と共に暮らしていましたが、ある年、冬の飢えから逃れるために、たまたま伝え聞いた「ナラコウエン」という場所を目指します。

そこでは、山里で害獣として煙たがられていた自分達の仲間が、神様の使いとして大切に扱われているという事態におどろくことになります。サンカクは山の生活とのあまりの違いに、これからどう生きていったらよいものかと悩みます。

主人公のシカの目線で人間社会を見るなんて、まさに物語でなければ楽しめない世界です。フィクションの楽しみを存分に感じてほしいと思います。

表紙の心優しきロバが物語をつなぎます

麻布中で取り上げられたものもあわせて、全8編の連作短編集となる本作は、柔らかいタッチで描かれた桃色のロバこちらを見つめる表紙が目を引きます。

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表題作であり、最終話の「ロバのサイン会」の主人公であるロバのウサウマくんが本全体の鍵となり、色々なお話に顔を出してくれるのが楽しいです。

感情移入を禁じ得ない、ロバの「ウサウマくん」の気持ち

欧米の国々では馬と区別されてあまり良いイメージを持たれないロバですが、優しい顔立ち、おっとりとした思慮深い性格をもったウサウマくんは、テレビの企画で人間の「山田ちゃん」と全国を旅し、人間の良きパートナーとして描かれています。

心配したり、愛おしく思ったり、寂しがったり、ウサウマくんの山田ちゃんを想うまっすぐな気持ちに思わず感情移入してしまいます。

動物目線で人間世界を見てみると

出てくる動物たちは、ペットとして飼われているだけでなく、タレントとしてお金を稼いだり、水族館でショーをしたりと生き方も様々です。現実的には、言葉を介して動物たちとしゃべることはできないけれど、どんなことを思っているのかなぁと、どなたも一度は想像をしたことがあるのではないでしょうか。

人間は、そばにいる動物たちに思った以上に愛されているのかもしれない

人間たちが当たり前にとっている行動を見て変だなぁと感じたり、良かれと思ってされていることが余計なお世話だったり、 人間が生き物たちに対して、何かを「してあげる」と思っていることが、もしかしたら人間のエゴかもしれない、そんなことにも気づかされます。 そして人間は、そばにいる動物たちに思った以上に愛されているのかもしれません。

動物プロダクションに所属する女優猫のリリアンの話から始まり、イルカ、鹿、イグアナ、インコ、蝶、ロバ、と、 彼等の声で語られる物語は一話完結という読みやすさ。気になる物語から読み始めても大丈夫です。ハートフルな結末からちょっと切ない終わりまで、色とりどりの物語をぜひお手に取ってみてください。

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