読書の秋に図書室が舞台の物語を
東京では木枯らしが吹いて、晩秋の匂いを感じます。
今回は、「読書の秋」ということで、本のたくさん並んだ図書室を舞台にした本を紹介したいと思います。本が集まる場所には独特の空気、雰囲気がありますよね。
中学生のころを思い出してみると、図書室では司書の先生が暖かく迎えてくれ、休み時間の外の騒がしさからすっと離れられるなんだか落ち着く場所と感じていたのを覚えています。
ご紹介する2冊の本はどちらも連作の短編集です。各短編は独立していますが、場所や世界観を共有しているお話が続きます。読み進めるごとに見えてくる物語のつながりを楽しんでみてくださいね。
青山美智子『お探し物は図書室まで』
とにかく、優しくて前向きになれる本を何か、と言われたときに一番に思いつくのが青山美智子さんの作品です。青山さんご自身が、作品は絶対にハッピーエンドで終わらせると公言していらっしゃるほど、読後感はお墨付き。
とある街の小さな 図書室にいる司書の小町さんは、ぶっきらぼうで愛想が悪く、ちょっと近づきがたい雰囲気。でもカウンターに訪れた人たちは、「何をお探し?」と問いかけられ、ついつい他の人には話せなかったような本音を小町さんにだけはポロリと漏らしてしまいます。
私たちのすぐそばにいそうな登場人物たち
登場人物たちは、特殊な才能や誰もがうらやむ魅力を持つわけではなく、私たちのすぐそばにいそうな人たちばかりです。無意識に誰かと比べてしまったり、先のことで悩んだりするのに年齢や立場は関係ありません。 登場人物がそれぞれに抱えている小さな悩みは、どこか自分と重なるところがあるような気がするのではないでしょうか。
訪れた人々は、小町さんの差し出す本、そしていっしょに手渡される小さな付録に導かれて転機を迎えるのですが、本の中に悩みの解決策が書いてあるかというと、そういうわけではありません。本を通して自分が本当に見つけたかったことが何なのか、向き合うべきものが見えてくる。本はあくまでもきっかけを作ってくれるもの、というわけです。
小町さんの言葉を借りれば
「本そのものに力があるというよりは、どういう読み方をするかに価値がある」 ということなのでしょう。
登場人物たちは、元々赤の他人ではあるけれど、司書の小町さんを通してつながっているともいえます。世の中の関係がないと思っていたものがつながったり、誰かを想う気持ちが回り回って届いたり、人生って面白いよねと思える。そんな偶然の温かさも青山さんの生み出すストーリーの魅力だと思います。
相沢沙呼『教室に並んだ背表紙』
2冊目のこちらは中学校の図書室が舞台のお話です。 学校という集団生活の中で、なかなか居場所を見つけられずに悩む女の子たちが主人公です。
居場所が見つからない子にとっての「図書室」
多くの子供たちにとって、学校は行かなければならないものであり、たとえ居心地が悪くても我慢をしなければいけないと感じている場所。大人になってみればたいしたことでもないようなことでも、そのせいで休み時間を絶望的な気持ちで過ごすことになったりします。
子どもと大人の間で揺れ動く心情の描写に、胸がぎゅっと締め付けられそうになる場面もありますが、 司書のしおり先生とのやりとりを通して少しずつ心がほぐれていく様にほっとします。学校で教室に居場所が見つからない子にとって、図書室は保健室ともまた違う静かな場所です。
中学入試でも出題がありました
本作は、中学受験の入試問題としても出題があり、駒場東邦中、慶應義塾普通部などの男子校において細やかな心情の読み取りが問われていました。
慶應普通部で取り上げられた1話目の「その背に指を伸ばして」は、図書委員の少女が主人公の物語。恋愛、部活、友情、そういった青春をテーマにしたものは苦手という彼女に、しおり先生は「読んでみなければわからない、自分に合わないと決めつけるのはもったいない」と諭します。
人も本も同じように「誰かに読んでもらいたい」のかもしれない
思った通りに書かれている本なんてないという言葉を受け取り、改めてたくさんの本の背表紙が並ぶ書架を自分と重ねながら眺めます。
人も本も同じ。本が読み手を待っているように、自分も誰かに読んでもらいたいのかもしれない、と気づくことができた彼女は、書架から1冊の本を引き抜いて、小さな一歩を踏み出します。
各章のお話をしおり先生がつないでくれており、最後まで読んだからこそわかる叙述トリックが仕掛けられていることも、この本のお楽しみです。相沢さんはミステリー小説をたくさん書かれているので、興味がある方はぜひ手に取ってみてくださいね。
手に取った本は心が求めている本
自ら手に取ってみようと思った本、そしてその本で出会った言葉は、その時の自分が必要としている本のはずです。心に寄り添ってくれる作品にたくさん出会えますように。秋の夜長に、本を少しでも身近に感じていただけたら嬉しいです。