知識欲を刺激する科学の目線×温かく人情味溢れたストーリー

この秋にドラマ化された話題作

今回はこの秋にドラマ化されNHKにて放送中の話題作、伊与原新さんの『宙わたる教室』をご紹介したいと思います。

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知識欲を刺激する科学の目線×温かく人情味溢れたストーリー

作者の伊与原さんは大学で地球惑星科学を専攻し、研究者になったという理系のご経歴の持ち主。インタビュー記事などで、子どものころから本や雑誌を通して科学に親しんでこられたとお話しています。

これまでに書かれた小説の中にも、科学的な知見をベースにしたものがたくさんありますが、 知識欲を刺激する科学の目線と、温かく人情味溢れたストーリーの掛け合わせが他にない面白さを生み出しています。

読書感想文コンクール高校生の部の課題図書としても注目された一冊

本作は、今年度の読書感想文コンクール高校生の部の課題図書としても注目されました。多くの学生たちが手に取り、感想文の形にすることで今の自分と向き合うきっかけになるのは喜ばしいことです。そしてまだ高校生ではない小中学生たちにとっては、自分だったらどんな高校時代を過ごしたいか、そんなことに思いを馳せるような良い刺激になってくれればと思います。

定時制高校の科学部で夢を追いかける

本の舞台は、東京の都心にある定時制の高校、 主人公は元惑星科学者・藤竹叶という先生です。大学助教を経て、JAXA(宇宙航空研究開発機構)に誘われるものの、やりたい実験があるからと辞退して東京の都立の定時制高校の理科教師として過ごしています。

各章ごとに視点人物が交代することで個々人の抱える事情が浮き彫りに

定時制高校ということで、昼間の時間に仕事をしていたり、学校に行く機会を逃してしまっていたりと様々な事情を抱える生徒たちが通っており、藤竹先生がそのような生徒たちの中から一人ずつスカウトしながら、定時制高校の「科学部」を発足させます。
藤武先生がまず声をかけた一人目は、読み書きの学習障害であるディレクシアを抱える岳人。各章ごとに視点人物が交代するオムニバス形式で、読み進めるうちに個性的な面々の抱える事情が見えてきます。

子どもの頃に学校に通うことができなかったフィリピン人のハーフのアンジェラや、起立性調節障害で中学校を不登校になった佳純。そして学びたい気持ちを持ちながらも家の事情で高校に通えなかった70代の長嶺。

彼ら4人が科学部の部員として先生のもとに集うようになり、火星のクレーターを教室の中に再現することを目標に実験、研究を進めるのですが……途中で彼らの活動をよく思わない人が邪魔をしたり、トラブルが発生して仲間割れをしてしまったりと事件が次々と起こります。

夢を追いかけるワクワク感を追体験できる作品

自分たちの抱えるままならなさを目の前にして、心がくじけそうになる場面もありますが、それでも自ら学びたい、やり遂げたいという気持ちを抱え、その先への期待を膨らませ実現させていく姿に胸をうたれます。

夢を追いかけるワクワク感、そして誰かが夢を追いかけるのを応援するのもワクワクすることなのだ、とページをめくる手がとまりません。ともすれば、挑戦することよりも、諦めることの方が多くなりがちな大人世代も、そんな気持ちを思いだして読んで欲しい作品です。

高校生たちと共に青春を

様々な事情を抱えて1度は諦めかけた学校での学びの時間を取り返し、定時制高校に通う生徒たちに、年齢関係なく訪れた青春の時間。科学部の実験は、藤竹先生が先頭をきって指導をしてやらせるようなものではありません。

いわゆる先生と生徒の関係ではなく、良きリーダーのようなイメージでしょうか。分析をして見守り、少しだけのヒントを差し出す。このようなことが自然とできる教育者、大人がそばにいるかどうかで、子供たちの未来へつながる道が大きく変わる気がします。

文字の読み書きが上手くできず劣等感を抱えて生きてきた岳人が、誰よりも「知」を渇望していることに気づいたのも、藤武先生が「観察」と表現する、冷静に、そして生徒のありのままを受け止める心あってこそのものです。

迷いの中にいる高校生たちに届く言葉

藤竹先生の言葉は、決して押し付けるような強い言葉ではなく、本人に委ねるところが大きいものの、様々な迷いのなかにいる「高校生」たちにすっと届く言葉ばかり。

「正解の扉などというのは、たぶんありません。入った部屋で偶然に誰かと出会い、あれこれ手を動かしてみて、次の扉をえいやと選ぶだけです」

元々、伊与原さんは青春小説として書こうとしたわけではないそうですが、青春小説として読者に受け止められる本作。大人だって夢を見ていいし、青春したっていい。最後まで読んでみると生徒だけでなく、藤竹先生もしっかり青春しています。先の人生を自分で切り開いていくおもしろさをたっぷりと味わってください。

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