2025年度の中学入試を振り返る―物語編―

2025年度の注目作品を紹介

2025年度の入試が終わり、中学受験塾では新学年としての1年がスタートしました。各学校でどのような本が出典として扱われたのかを確かめるのは、国語講師として楽しみな時間です。

入試問題を通じて、各学校の先生方の思いが読み取れる

それぞれの学校のカラーが色濃くあらわれるのが、国語の「文章問題」。入試問題を通じて、各学校の先生方の思いが読み取れます。0時間目の国語の授業と例えることもあるほどですし、学校説明会等では、試験問題をきっかけにいい本に出合ってほしいと仰っているのをよく耳にします。

家庭でできる国語の対策の一つとして、「入試によく出る本を読もう」と考える方もいらっしゃると思いますので今回は物語文のジャンルに焦点を当て、2025年度入試注目の作品を紹介しようと思います。

中学受験の物語文では「心情」と「行動」に着目する問題が頻出

中学受験の物語文では「心情」と「行動」に着目する問題がよく出題されます。どんなきっかけで、誰の気持ちがどう変わったのか。その気持ちは、どのような言動から読みとれるのかを問われるのです。ときには大人同士の人間関係を題材にした作品が取り上げられ、自分の経験からは補いきれない読み取りを求められることもあります。

蟹江杏「あの空の色が欲しい」

出題校

慶應義塾湘南藤沢中、海城中(2回)、三輪田学園中(2回)、久留米大学附設中 など

版画家である蟹江杏さんが書いた初の小説です。お絵描きが大好きな小4のマコが、ある日見つけた風変わりな家は、近所で変人とうわさされる芸術家の「オッサン」が開いている美術教室でした。

マコが絵を習いたいと頼み込んだことで共に過ごすことになったかけがえのない時間。表現することに喜びを感じ、絵を描くことにますますはまっていきながら、「好きなこと」に向き合い続けることの大変さとも向き合うことになります。

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慶應義塾湘南藤沢中で問われた「心情」と「心情変化」

慶應義塾湘南藤沢中では、オッサンのことを悪く言われたマコが暴れて男子にけがをさせ、謝罪を強制される場面が取り上げられ、その時に抱えている気持ち、その後のマコの心情変化などが問われました。長編なので中略を挟んで長めに切り取られている印象ですが、ぜひ全体を通して読み、マコの成長を感じながらエピローグまで味わってほしい作品です。

佐藤いつ子「透明なルール」

出題校

早稲田実業、立教女学院、吉祥女子1回、城北1回、栄東(B) など

中学生の友人関係をみずみずしく描いた作品です。主人公の優希、ギフテッドの愛、自己主張が苦手な誠、そのほかのクラスメイトの心情も詳しく書き込まれていて、「うんうん、わかる」と子どもが共感できる箇所が多いと思います。各章ごとに起承転結がはっきりしていて、短いページの中で登場人物の感情が大きく揺れ動きます。

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みんな違ってみんないい、はずなのに、それを口に出せないもどかしさ。体育祭のクラススローガンを決める中で、校則のような目に見えるルールよりも、同調圧力や自らを押さえてしまう見えないルールの存在に気づき、それぞれが自分事として考えるようになります。

時事的なトピックをストーリから理解する

終盤のクラスでの話し合いの場面は会話文が並び、描写がとてもリアルです。実際の入試でもこちらの場面が取り上げられている学校がありました。「ギフテッド」「生理の貧困」といった時事的なトピックも、ところどころに散りばめられていますから、実体験からイメージがつきにくい子にはこういったストーリーを通して理解につなげていくとよいでしょう。

阿部暁子「カラフル」

出題校

芝中、明治大学付属八王子中、神奈川学園中、神戸女学院中 など5校

ボーイミーツガールの青春小説。俊足の短距離選手だった伊澄は、中学時代の怪我のせいで無気力のまま高校の入学式の朝を迎えます。病気が原因で車椅子ユーザーとなった六花とトラブルの中で出会いますが、その時の第一印象はお互いに最悪なものでした。

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大事に思う相手のために何かをしたいと思う気持ち

車椅子ユーザーの同級生が同じクラスにいることで、「差別」や「普通」という言葉に向き合っていく伊澄たち。日々の学校生活の中で、互いのことをわかろうと徐々に近づき、新入生の長距離踏破の行事への参加を巡ってのクラスの学級会の場面は読み応えがあります。ちょうど芝中で出題があったのがこの場面でした。大事に思う相手のために何かをしたいと思う気持ちは人を動かしますね。

阿部さんの小説は、車椅子ユーザーが本当に生き生きと魅力的に書かれています。車椅子テニスを扱った二部作の小説「パラ・スター」もとってもおすすめです。

前年に出版された本からの出題が印象的

こちらで紹介した3冊はどれも2024年に発刊されたばかりという共通点があります。ここ最近は前年度に出版された本からの出題が多く、できるだけ既出の問題と被らないように、と先生方もアンテナを張っていらっしゃるのだなと感じます。

そして初めて小説を書かれた蟹江さんの作品が複数校で出題されたことは、作者やジャンルに縛られず、広く自由に本に触れてほしいという学校のメッセージとしても受け取れますね。

次回のコラムでは、説明的文章の注目文章を取り上げる予定です。

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