市川朔久子『しずかな魔女』【読書で世界を広げよう】

あらすじ

前回のコラムでは、環境の変化の多い4月ということで人間関係をテーマとした論説文を紹介しました。今回はそんな新しい人間関係の中で、居心地が悪いなと感じたり、新年度が始まって少し疲れてしまったりしたときにおすすめの物語を取り上げます。

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主人公の草子は、学校に行かずに毎日図書館に通う中学一年生。「学校に行きたくない子は、図書館にいらっしゃい」というどこかで見かけた言葉をたぐり、ようやく見つけた居場所が、図書館の奥の目立たない席でした。なにか決定的なできごとや特別にひどいことがあったわけではないけれど、学校という場所が嫌になってしまった草子は、学校に行けない自分をきらいだと責め、今の状態を「不登校」と呼ばれることにも辛さを感じています。

それでも唯一の居場所を求めて毎日図書館に通う中、司書の深津さんという女性に助けてもらう小さな事件が起こります。お礼の言葉もうまく伝えられず、しゃべるのが得意じゃないとつぶやく草子に、深津さんがお守りだと書いて渡してくれたのは、『しずかな子は、魔女に向いてる』という言葉でした。

もらった言葉の意味が気になって、もしかしたら本のことかもしれないと検索し、図書館のカウンターで尋ね、、夏休みの前日になってようやく草子の手元に届いた物語のタイトルは『しずかな魔女』。お話の世界に入り込み、草子の夏が動き始めます。

魔女になる修行

草子に渡された本の中に広がっていたのは、ふたりの女の子の、きらきらとしたまぶしい夏休みの物語でした。

夏の初めに仲良くなった野枝とひかりは性格が対照的で、自分がおとなしすぎることを気にする野枝に、ひかりとそのおばあちゃんのユキノさんは、『しずかな子は、魔女に向いてる』という言葉をプレゼントしてくれます。魔女という言葉を聞くと、魔法を使ってなんでもできるように感じるけれど、ユキノさんがいう魔女は違いました。魔女修行の一番大事な心得は『よく見ること。そして考えること』だといいます。角度を変え、距離を変え、そして考えること。そうすれば魔法はそこらじゅうにあるものだ、と。

そして、魔法を使ってほしいと野枝がせがむ場面では、魔法にはひとつだけやってはいけないことがあるともいいます。大人が読んでも、あぁそうだな、と気づかされるような言葉でした。こちらでは敢えて紹介をしないでおこうと思いますので、ぜひ本を手に取って確かめてみてください。

本はすべて魔法の書

「よく見て、よく考える」ことで自分も周りも良くなるし、自分のこころは自分のもの。なかなか自分の想いを言葉にすることができなかった野枝は、その言葉に背中を押されました。また、それを物語として読んだ草子も、今まで見えなかった周りの優しさに気づき、変わっていきます。

本はどれも魔法の書だというユキノさんの言葉が、この本を読む子どもたちの心に届いてほしいなと思います。本を読むこと自体がよく見ること、考えることであり、本を通してどこへでも行ける、色々な人に会える。まさにそこらじゅうにある「魔法」です。

そして、ひとりぼっちだと思っていても、誰かが心を寄せてくれていることがわかるだけで少しだけ強くなれることがありますよね。草子のような子にそっと寄り添う大人がいて良かったなと思います。今がちょっと楽しくないな、と思っている子にこの本が届きますように、そんな思いを込めて紹介しました。

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ちなみに、こちらの本の装丁は深い緑色で、木のイラストと共に描かれた本棚が森のように見えるのですが、これは本文中の「背の高い本棚は、真横から見ると木の幹が立っているように見える。」というところと重なります。

作者の市川さんが書く本の中は情景描写が細やかで、風景や物を通して、感情を表現する比喩がたくさん散りばめられているように思います。そんなところにも注目しながら、ゆっくりと味わってほしいと思います。

「魔女」といえば……

魔女、おばあちゃん、というキーワードで、梨木果歩さんの『西の魔女が死んだ』を思い出した方も多いのではないでしょうか。

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学校生活に疲れてしまった主人公まいが、大好きな祖母とすごすかけがえのない1か月。魔女=おばあちゃんから学ぶ、生きていくうえで大切にすべきことが、思春期のまいの目線で瑞々しく書かれています

愛にあふれた温かい物語で、大切な人がいる人はだれしも共感するフレーズがあるのではと思います。自然がたっぷりの田舎の描写に癒されながら、読み直すたびに新しい気づきがある本です。

出版からもう20年も経っていることに驚きますが、全く古さを感じないですね。ちなみに2003年からこれまで30校近くの中学校で入試問題の出典として取り上げられています。

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